『なれのはて』感想

 全443ページ、その厚みと重みに一瞬躊躇い、そして読み始める。が、何度か立ち止まっては息を吐く。本の重さを軽々と凌駕してしまうほどの内容の重厚感に圧倒され、読み終わるまでにかなり時間がかかってしまった。現在と過去を繋げ、何人もの登場人物が複雑に絡み合い、それぞれに抱えるものがあり、戦争・空襲・家族・贈賄・隠ぺい・発達障害・恋愛・ジェンダーetc...今こそ考えるべき社会問題がところせましと一冊に詰め込まれている。こんなものと、彼は3年もの間向き合っていたという事実にしばし茫然とする。前作の『オルタネート』、その軽やかで瑞々しい青春群像劇を書きあげておきながらの今作、ギャップがえげつない。

 本当に書きたいもの、自分が読みたいものを追求したことがひしひしと伝わる文面にふと笑みがこぼれてしまう。正直言って、テーマを詰め込みすぎているようには感じたし、そのせいで掘り下げが足りない部分もしばしば。それらをまとめるために後半にかけてご都合主義に感じてしまうことも。過去と現在が交錯する中で、登場人物も多いことが相まって混乱してしまったり。(私の頭が足りないのかも。。)しかし必ずしも洗練された作品ではないところに彼の魅力を感じている私にとっては願ったり叶ったりだったりもする。特に今作は(前作より顕著になっていたけれど)作家としての成熟度が文章と構成どちらにも強く表れており、内容の重さをカバーするような、読み手をぐいぐい引っ張っていく力があった。書き手の筆がのるように、後半につれ加速する勢いに身をゆだねる、この楽しさこそ私にとっての本を読む醍醐味だったりもする

 

善悪で白黒はっきりつけられるわけではないですよね。そういうグラデーション、マーブルみたいなものを、僕は小説で描きたいと思っています。小説とは、答えではなく「問い」なんです。

 インタビューで度々口にする「グラデーション」という言葉を頭の中で反芻する。世の中の全ての事象は事実として1か0で表現することができる。一方で、真実は人の数だけ存在してしまう。正しさが必ずしも一つとは限らないのに、人々はその便利さから一つ残らず善悪を振り分けようとする。誰かにとっての正義は、別の人を傷つけかねないのに。

 

正しさは振りかざすための矛ではない。他者を守るための盾である。(『なれのはて』より)

 人にとって「知ること」が意味することは一体何なのか、今作を読んで初めて自分に問う機会を得た。私にとって「知への探求心」は誇るべきものであったし、事実をつまびらかにすることは正義だと信じていた。ドラマでよく「事実を知ったとき、あなたは今よりもっと辛い思いをするかもしれない」なんてセリフをよく聞くけれど、結局は明らかにしてハッピーエンドに繋がるように、知らないままでは本当の幸福は訪れないと思っていたし、「知っている人」と「知らない人」との間ではその後の成長の幅には計り知れない差があると思い込んでいた。

 物語の最後では、とうとう道生の罪は明かされないかった。それが正しかったのかどうかは誰も知ることができない。けれど、「知ること」が必ずしも「幸福」には繋がらない。私たちは普段何の疑いもなく、「知ること」「善意」「愛」「努力」が「幸福」に繋がると思っている。それが正しいことだと信じ込んでいる危うさに気づけたことは大きな収穫だった。

 陰と陽、善と悪、矛と盾、相反する真実があふれかえる世界において生きていかなくてはならない人間の難しさに頭を悩ませる。それでも世界には確実に希望の光があることを彼の作品から伝えられる。一見マイナスの意味にしか捉えられない「なれのはて」というタイトルに、不思議と読後救いを見出してしまう。これからも自分のことを見失わずに清濁併せのんで強く生きていきたいなと、なんだかいっつも重くなっちゃうなーと反省しながら、これで終わり。